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松山地方裁判所 昭和41年(ワ)243号 判決 1967年7月10日

原告 兵頭進

右訴訟代理人弁護士 木原鉄之助

被告 木村秀太郎

右訴訟代理人弁護士 石丸友二郎

主文

被告は原告に対して、金五〇〇万円の支払を受けるのと引換に、別紙目録中3・4の株券の引渡をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告

主文第一、二項と同趣旨の判決および仮執行の宣言

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

(当事者の主張)

第一、請求原因

一、原告は、被告から昭和四一年三月二六日別紙目録の株式を代金二、〇〇〇万円で買い受ける契約(以下本件契約という)をした。右契約中には、「原告は、別紙目録中1・2の株券の引渡を被告から受けると同時に、被告に一、五〇〇万円を支払う。」という趣旨の約定がある。

二、同月二八日原告は、被告に一、五〇〇万円を支払い、被告から別紙目録中1・2の株券の引渡を受けた。

三、そこで、原告は被告に対し、残代金五〇〇万円の支払と引換に、別紙目録中3・4の株券の引渡を求める。

第二、請求原因に対する認否

すべて認める。

第三、抗弁

一、本件契約は、次の理由により無効である。

(一) 本件契約は、伊予日産モーター株式会社(以下伊予日産という。)が自己株式取得のために原告の名を使って締結した売買契約である。したがって、商法二一〇条に違反する。伊予日産が実質上の買主であることは次の事実から明らかである。

1 伊予日産は、昭和四一年三月二六日、本件契約の代金調達のため、株式会社愛媛相互銀行との間に相互銀行取引契約を結び、伊予日産所有の新居浜市中村字西の端二、一二六番地の一宅地五四五・四五平方米、同所二、一二七番地の一宅地九五八・六七平方米、および右両宅地上の木造スレート瓦葺平屋建事務所床面積一六三・三七平方米、軽量鉄骨造波スレート瓦葺平屋建修理工場床面積二〇一・三八平方米について、同銀行のため被担保債権極度額を二、〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、同銀行から二、〇〇〇万円を借り受けた。右借入金のうち五〇〇万円は、伊予日産の同銀行に対する既存債務の弁済にあてられ、残りの一、五〇〇万円で本件契約代金の内金が支払われた。

2 右代金支払のため被告に交付された小切手は次のとおりであった。

金額  一、五〇〇万円

支払人 株式会社愛媛相互銀行本店

支払地および振出地 松山市

振出日 昭和四一年三月二八日

振出人 伊予日産 代表取締役木村秀太郎

(二) 仮に右主張が理由がないとしても、本件契約は、買主たる原告の動機および目的が公序良俗に反するから、民法九〇条により無効である。なぜなら、原告は、本件契約の代金支払の資力がないところから、前記のように勝手に、伊予日産の資産を流用し、それによってえた同社の資金を自己個人の右代金債務の弁済にあてることを意図して、被告と本件契約を締結したからである。

二、本件契約は、次の理由により消滅した。

(一) 本件契約には次のような特約があった。

1 原告は、昭和四一年四月二〇日までに、木村商事株式会社が債務者伊予日産のために、債権者株式会社愛媛相互銀行および債権者株式会社伊予銀行に対し担保として提供している松山市宮西町字立町二七五番二宅地一、九五一・九六平方米について設定されている根抵当権全部の抹消手続をし、かつ、右両銀行に対する被告の連帯保証債務につき免責措置をとり、また、日産自動車株式会社と伊予日産間の金銭消費貸借につき被告が伊予日産のために負担している連帯保証債務の免責を得させる。

2 被告をして免責を得させるべき原告の右債務は、それぞれの債権者が右保証債務の免責をする旨の意思表示を書面で被告にしたとき、および根抵当権抹消登記に必要な書類を被告に交付したときに履行されたものとみなす。

そして、免責されるべき被告の債務の中には、(イ)債権者伊予銀行、債務者伊予日産間の昭和三七年九月一五日付手形割引約定書に基づく元本極度額を一、五〇〇万円とする債務についての連帯保証債務、(ロ)同銀行に対する伊予日産の債務についての、昭和四〇年一月二七日付限度保証約定書に基づく保証債務の限度額を五、〇〇〇万円とする連帯保証債務がある。

(二) 原告は、右約定に従い、昭和四一年四月二〇日までに右両債務について前記免責措置をとる債務があるのにこれを履行しないので、被告は、同月二一日原告に到達した書面で、同月二五日までに右債務を履行するよう催告した。原告はこれに従わなかったので、被告は、同年六月二九日頃原告に到達した書面で、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

三、別紙目録中3・4の株券の引渡時期が未到来である。

(一) 本件契約の契約書では、別紙目録中3・4の株券の引渡時期は、松山地方裁判所昭和三七年(行)第一号事件(原告第一タクシー株式会社、被告松山税務署長)の判決の言渡があったときとされているが、この「判決言渡」とは「右原告勝訴の判決確定」の趣旨である。

(二) そして、昭和四一年四月一八日に右事件について右原告敗訴の判決の言渡があったが、右事件は目下控訴審に係属中である。

第四、抗弁に対する原告の主張

一、第一項は争う。ただし、そのうち(一)の1、2の事実は認める。

(一) 本件契約代金支払のため伊予日産振出の小切手が被告に交付されたことは、伊予日産が原告名義で自己の株式を取得したことを意味するものではない。すなわち、原被告間には別紙目録の株式を伊予日産に譲渡する意思はなく、右小切手の授受は単に便宜上とられた措置にすぎない。

(二) 本件契約が伊予日産の自己株式取得に当らないことは次の点からも明らかである。

(イ) 伊予日産は被告の一人会社(被告が代表取締役で実質上全株式を所有)であった。その被告が伊予日産の営業を原告に包括譲渡するため締結したのが本件契約である。株式譲渡即営業譲渡になるのであるから、会社の自己株式取得ということは、考慮の余地がない。

(ロ) 伊予日産は、被告主張のように、所有不動産に根抵当権を設定して愛媛相互銀行から二、〇〇〇万円を借受けたが、原告は、伊予日産からそのうち一、五〇〇万円を借入れ、これを本件契約代金の支払にあてた。右借入については、伊予日産の取締役会の承認をえている。

(ハ) 愛媛相互銀行に対する伊予日産の右借受金債務は、昭和四一年六月四日、債務者が原告に交替して更改となった。そして、右根抵当権の設定契約も、昭和四二年六月、合意解除されている。

(ニ) 原告は、被告から譲渡を受けた別紙目録中1・2の株式のうち五〇〇株を塚原繁ほか一一名の伊予日産従業員に譲渡し、昭和四一年六月三〇日、その代金五〇〇万円を愛媛相互銀行に対する伊予日産の(ロ)の借入金の内入として弁済した。

(三) 仮に、原告が伊予日産の計算において株式を取得したとしても、原告は不正に取得したものでない。商法二一〇条と四八九条二号が表現を異にしている点からみて、本来会社が会社名義で自己株式を取得する場合について規定している商法二一〇条は、本件について適用されない。

(四) また、商法四八九条二号の「会社の計算において」とは、株式取得による損益の結果が会社に帰することをいう。したがって、本件において、原告が伊予日産から金銭の貸付を受けて株式を取得しているが、その貸付は仮装ではなく、かつ、株式取得による損益は原告自身の負担である以上、伊予日産が自己株式を取得したことにはならない。

(五) 被告は、本件契約が公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、本件契約自体に不法性のないことは自明であり、契約履行の手段として、原告が伊予日産の資産を流用し、伊予日産の小切手を振出すことは、当時被告の諒承ずみである。仮に、そのような手段が不法であったとしても、それは本件契約の内容とはなっていないから、契約自体が無効であるということはできない。

(六) 本件契約のうち別紙目録中1・2の株式に関しては、原被告ともそれぞれ義務を履行している。契約当事者である被告が、相手方の原告に義務を履行させておきながら、その義務履行手段の外観のみを捉えて、契約の無効を主張することは、禁反言の原則に照らし許されない。

二、第二項(一)は認める。ただし、被告の伊予銀行に対する連帯保証債務につき原告が免責措置をとる旨の約定があったとの事実は否認する。右債務については、本件契約締結時に、原被告間において口頭で、被告が免責措置をとる旨の合意がされた。

第二項(二)中、被告主張のような各書面が到達したことは認める。しかし、仮に、右合意が認められないとしても、被告主張の催告期間である四日間は、短かすぎて不相当である。そうでないとしても、原告は、被告の催告に応じて、昭和四一年五月二七日には被告主張の両債務につき被告をして免責をえさせているから、その後になされた被告主張の解除の意思表示は、解除権の乱用である。したがって、被告の解除の意思表示は効力を生じない。

三、第三項中、(一)は否認し、(二)は認める。別紙目録中3・4の株券の引渡時期は、被告主張の契約書の表現どおり判決言渡があったときという約定であり、判決確定のときという約定ではない。したがって、右引渡時期はすでに到来している。

(証拠)≪省略≫

理由

一、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、抗弁第一項(商法二一〇条および公序良俗違反の主張)について

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和三二年二月設立(当時の商号は第一商事株式会社)以来伊予日産の代表取締役であり、昭和四一年三月当時、伊予日産の発行済株式の全部である別紙目録の株式三、〇〇〇株の権利者であった。(但し、そのうち五〇〇株は、被告の主宰する木村商事株式会社の名義であった。)

2  被告は、昭和四〇年ころから、右株式を処分して伊予日産の経営から手を引きたいと考え、後継者を求めていたが、結局、伊予日産の専務取締役をしていた原告に対して右株式を譲渡することとし、昭和四一年三月二六日、原被告間に右株式譲渡に関する本件契約が締結され、被告は、伊予日産の取締役を辞任することになった。

3  そこで原告は、本件契約代金のうち一、五〇〇万円の財資とするため、伊予日産を、代表して、同月二六日、愛媛相互銀行との間に、元本極度額を二、〇〇〇万円とする相互銀行取引契約を締結し、その債務を担保するために、伊予日産所有の不動産について根抵当権を設定した。そして、同月二八日、同銀行から伊予日産が二、〇〇〇万円を借受けるや、そのうち一、五〇〇万円を原告個人が伊予日産から借受けたこととして、それを被告に支払った。

4  その後原告は、愛媛相互銀行に対して、伊予日産の右借受金のうち一、五〇〇万円について債務者を原告個人に変更することを申入れ、昭和四一年六月ころまでにその承諾をえたが、さらに昭和四二年六月には、前項の根抵当権の設定を解約してもらった。

以上の認定を左右する証拠はない。

ところで、会社が自己株式を取得することは、商法二一〇条により原則として禁止されているが、その趣旨は、会社が自己株式を有するときは、会社理事者によって投機目的のために濫用され、また、株式取得の資金の面から、資本維持の原則を侵し、会社財産の安全を害するおそれがあるところ等の点から、立法政策上これを禁止したものと解される。したがって、かかる解釈上、また商法四八九条二号の規定とも対照すると、形式的には他人の株式取得名義であるため会社が自己株式を取得するには当らない場合であっても、実質的に会社の計算において株式が取得される場合も、原則として法の禁止を及ぼすべきものである。しかしその反面、禁止の理由が前記のような弊害を顧慮した政策的なものである以上、株式取得当時会社の計算においてなされ前記のような弊害が予想されても、事後にその可能性が消滅し、何人の権利をも害さない状態になった場合には、もはや違法な自己株式の取得であることを理由にその無効を主張することはその利益がなく許されないと解するのが相当である。

本件について見るに、前記認定1から3によると、本件契約が締結された昭和四一年三月二六日当時、本件株式の取得が実質的経済的に伊予日産の計算においてなされていることは明らかであり、伊予日産の債務負担および物上保証によってその財産に危険性が生じた事実はこれを否定できない。しかし、前記認定4によると、本件契約代金のうち一、五〇〇万円の資金となった債務に関して、伊予日産の法律上の負担はその後全部消滅したものと認められるし、他に、原告が再び伊予日産の計算において残代金五〇〇万円を捻出するであろうとか、会社財産に対する別個の危険性があるとかの証拠資料はないから、被告は、本件契約による株式取得が商法二一〇条に違反し無効であると主張することは許されない。

次に、被告は、本件契約が公序良俗に反すると主張する。しかし、原告が被告主張のような意図で本件契約を締結したとしても、前記認定の経緯に照らすと、それ自体反社会性を有する醜悪な所為とは考えられないし、まして、右意図は単なる動機であって、本件契約の内容となっているものでないから、本件契約自体の無効を招来する事情とはいえない。

抗弁第一項はいずれも理由がない。

三  抗弁第二項(原告の債務不履行の主張)について

抗弁第二項の(一)は、伊予銀行に対する被告の連帯保証債務につき原告が免責措置をとる旨の約定があったとの点を除き、当事者間に争いがない。

そこで、右約定の存否について判断する。

≪証拠省略≫によると、本件契約においては、原告は、昭和四一年四月二〇日までに、愛媛相互銀行および伊予銀行に対する被告の連帯保証債務につき、免責措置をとる旨の約定があったことが認められる。これに反して、≪証拠省略≫は、いずれも、そのうち伊予銀行に対する分は、契約書の文言上は原告の義務とするが、実際は被告が担当する旨の約束があったと供述する。しかし、原本の存在および≪証拠省略≫によると、本件契約締結に先立って作成された契約書案には「右両銀行に対する被告の連帯保証債務につき原告が免責措置をとる。但し、伊予銀行に対しては、被告がその履行に当ることとする」旨の文言があったのに、本件契約の契約書(≪証拠の表示省略≫)では、特に被告の申出によって、右但書を削除していることが認められ、この事実や、被告本人の「伊予銀行に対しては、場合によっては私が話してやろうとはいったが、契約の内容にしたことはない」旨の供述をあわせ考えると、青木、塚原証人及び原告本人の供述するような約束が確定的になされたかどうか疑わしく、直ちにはその供述を採用することができない。その他右約定の認定を動かすに足りる証拠はない。

次に、被告が、原告に対して、昭和四一年四月二一日、同月二五日までに右約定に基づく債務を履行するよう催告した上、同年六月二九日頃、原告の不履行を理由に本件契約を解除したことは、当事者間に争いがなく、右催告期間内に原告の履行がなかったことも、原告は明らかに争わない。しかし、当裁判所は、次の理由によって、被告の本件契約解除は効力がないと解する。すなわち、

≪証拠省略≫を総合すると、原告は、伊予銀行に対する免責交渉は被告がするものと考えて、これを放置していたが、被告から右催告があったので、急拠伊予銀行と交渉した結果、昭和四一年五月一六日、同銀行から被告の連帯保証債務全部の免除をえ、同年六月六日付の内容証明郵便で被告にその旨を通知している事実が認められる。そうすれば、催告期間経過後ではあるが、原告の免責措置をとるべき債務は履行されたことが明らかであり、期間経過後の履行が被告に格別の損害をもたらす等、債務の本旨にかなった履行でないとするような事情は認められないから、履行後になされた被告の解除権の行使は、信義則に反し、権利濫用といわねばならない。

なお、本件契約には「被告をして免責をえさせるべき原告の債務は、債権者が保証債務の免除の意思表示を書面で被告にしたとき、履行されたものとみなす」旨の約定があることは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、債権者である伊予銀行が、被告の連帯保証債務を昭和四一年五月一六日に免除したことを被告に通知したのは、本件契約解除後の同年一二月五日付の書面をもってであることが認められる。しかし、本件弁論の全趣旨によれば、右約定が附加されているのは、保証債務免除の事実を、特に保証人のために明確にして、債権者、保証人間の不測の紛争を避けようとする趣旨であったと見るのが相当である。ところが、さきに認定したとおり伊予銀行の連帯保証債務免除の意思表示は、原告の書面を通じて、昭和四一年六月六日頃すでに被告に到達しており、その後同銀行と被告間に右保証債務について紛争が生じた形跡がないのであるから、右約定の趣旨は実質上完全に実現されたものというべきである。したがって、たとい、本件契約解除前において、右約定どおりの履行方法がとられていなくても、それをもって原告が前記の免責措置をとったことが債務の本旨にかなっていないとはいえないし、被告の本件契約解除を無効とする結論は影響されない。抗弁第二項は理由がない。

四、抗弁第三項(期限未到来の主張)について

本件契約の契約書に記載された別紙目録中3・4の株券の引渡時期が松山地方裁判所昭和三七年(行)第一号事件の判決言渡時であることは、被告の自認するところであり、原被告間に右記載どおりの合意があったことは、≪証拠省略≫から認められ、その反証はない。被告本人は「敗訴になることは想像していなかった」と供述するけれども、被告の予想に反して敗訴判決が言渡されたとしても、格別の約定がないかぎり、判決言渡時とする合意が勝訴判決確定時に変更されるいわれはない。そして、右事件の判決言渡は昭和四一年四月一八日になされている(当事者間に争いのない事実)のであるから、右株券の引渡時期はすでに到来している。したがって、抗弁第三項は理由がない。

五、結論

よって、原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋本攻 裁判官 糟谷忠男 伊藤滋夫)

<以下省略>

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